日本一短い普通鉄道事業者は芝山鉄道…ではなかった

 10月に静岡県内の私鉄のリサーチをしていると書きましたが(遠鉄の輸送密度は1万人台)、静岡の調査はとうに終わっており、先ほど千葉県内の私鉄の調査を完了したところです。
 千葉県内の私鉄といえば、何と言っても京成電鉄、といいたいところですが、今回の調査対象に大手私鉄は含まれておらず、わたしに割り当てられたのは新京成電鉄北総鉄道東葉高速鉄道芝山鉄道の4社です。新京成電鉄北総鉄道はやや時間がかかったものの、残りの東葉高速鉄道芝山鉄道は歴史が浅い上に路線の複雑な変遷もなく、とくに芝山鉄道はほんの一瞬で調査を終えてしまいました。

 芝山鉄道は、普通鉄道の事業者としては営業キロが日本一短いことで知られています。芝山鉄道が運営する鉄道路線は東成田〜芝山千代田間の2.2kmだけで、2002年10月27日に開業した際は「紀州鉄道営業キロ(2.7km)を下回る、日本一短い普通鉄道事業者」として話題になりました。わたしも「芝山が紀州を抜いた」と、そう思い込んでいました。
 ところが、今回のリサーチを機に改めて各事業者の営業キロを調べてみたところ、芝山鉄道は「日本一営業キロが短い普通鉄道の事業者」ではなく、もっと短い普通鉄道事業者が存在していたことに気づきました。その事業者の名前は「和歌山県」。いわずと知れた、紀伊半島の西側を管轄する地方公共団体です。

 和歌山県は1956年5月6日、和歌山港線として久保町(現・県社分界点)〜和歌山港(後の築港町)間1.5kmを開業し、続いて1971年3月6日には築港町〜和歌山港〜水軒間3.1kmが延伸開業しています。ただし、この区間は開業当初から大手私鉄南海電気鉄道に線路施設を貸し付けており、列車の運行は南海が行っていました。現在もこの運営形態に変化はなく、1987年4月1日の鉄道事業法施行時には、和歌山県が線路施設を別の鉄道事業者に貸す第3種鉄道事業者、南海が別の鉄道事業者から線路を借りて列車を運行する第2種鉄道事業者となっています。実質的には「県営」鉄道というより「県有」鉄道といった方がいいでしょう。
 さて、和歌山県有鉄道としての和歌山港線久保町〜和歌山港〜水軒間は、営業キロが4.6kmだったわけですが、芝山鉄道線が開業する5カ月ほど前の2002年5月26日に和歌山港〜水軒間2.6kmが廃止され、和歌山県が所有する鉄道路線営業キロは2.0kmに短縮されてしまいました。つまり、営業キロ2.2kmの芝山鉄道和歌山県有鉄道より長く、開業当初から日本一短い普通鉄道事業者ではなかったのです。
 もちろん、和歌山県を日本一短い普通鉄道事業者とすることには、違和感を覚える方も多いと思います。和歌山県はあくまで線路を貸しているだけで列車の運行や営業にはタッチしておらず、実質的には南海の鉄道路線の一部なのですから。とはいえ、所有路線の営業キロ芝山鉄道より短い事業者が現実に存在する以上、芝山鉄道を厳密な意味で日本一短い普通鉄道事業者とすることにも抵抗を覚えます。「名実ともに」という言葉がありますが、これを日本一短い普通鉄道事業者に当てはめるなら、和歌山県は名のみ、芝山鉄道は実のみ、といえるでしょうか。

 それでは、2番目に短い普通鉄道事業者芝山鉄道なのかといえば、現在はこれもまた違うのです。2009年4月26日に平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線(2.1km)が開業しています。平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線以外に3路線49.2kmを運営しており、日本一短い普通鉄道事業者ではないのですが、門司港レトロ観光線北九州市第3種鉄道事業者として線路施設を保有し、平成筑豊鉄道に貸し付けていますので、2番目に短い普通鉄道事業者北九州市ということになります。芝山鉄道は現在、日本で3番目に短い普通鉄道事業者になってしまいました。

 ちなみに、普通鉄道以外の特殊鉄道を含めた場合、写真の鞍馬山ケーブルカー(0.2km)を運営している宗教法人鞍馬寺がダントツの一位です。また、軌道法に基づく軌道では、富山都心線丸の内〜西町間0.9kmの軌道を保有する富山市が日本一営業キロの短い軌道経営者となります。ただし、富山市和歌山県有鉄道と同様、軌道整備事業者として軌道施設を富山地方鉄道に貸し付けているだけなので、富山市を日本一短い軌道経営者と認識している方は少ないでしょうね。

 芝山鉄道が開業して既に8年以上が経過しているというのに、今になってこんなことに気づくのは間抜けとしかいいようがありません。ただ、少し弁解させてもらえるなら、芝山鉄道が開業した当時、和歌山県有鉄道の営業キロに関する指摘を行った方は、わたしの知る限りではいなかったと思います。実質的には南海の1路線であったこと、さらに芝山鉄道の開業5カ月前まで久保町〜和歌山港〜水軒間4.6kmの路線であったことから、鉄道好きの間でも日本一短い普通鉄道事業者という認識がほとんどなかったためでしょう。

 9月にも思い込みで適当なことを書いてしまい(東北新幹線新青森開業に伴うダイヤ改正)、読者の方からこてんぱんにたたきのめされたところですが、改めて思い込みには注意しなければならないなと、痛感した次第です。

コメント

  1. たむよし より:

    和歌山港線は和歌山市〜和歌山港間の2.8じゃないですかと書こうと思ったら、和歌山市〜旧・久保町間の0.8は南海の第一種なんですね。てっきり全線が和歌山県の第三種と思っていました。
    そういえば和歌山港線の中間駅は全部廃止されて、南海と和歌山県の境界線だった久保町駅もただの接続点になっちゃいましたから、和歌山県有鉄道の駅って和歌山港駅の一つだけですね。もしかすると日本一駅が少ない鉄道事業者?

  2. kusamachi より:

    たむよしさん:
     そうなんです。事業者基準では和歌山県有鉄道が最短なのに、線名基準だと南海の1種区間も含まれて紀州鉄道より長くなりますから、頭が混乱してしまいます(苦笑)。
    >もしかすると日本一駅が少ない鉄道事業者?
     確認はしていませんが、おそらくそうでしょうね。

  3. kihayuni より:

    大変参考になります。

    こういう精緻な点に気づくかどうかが、作文屋とそうでない人の違いなのでしょう。

    つくづく思うことですが、この世界は、ホントに落とし穴が多く、孫引きの孫引きで情報が固定化して、おいらを含めた作文屋は誤りに気がつかないことが多いですよね。

    忙しい編集者は、情報を検証する時間がないですし、書き手がしっかりしていないといけない。

    こういう情報は、ブログで啓発しても、すぐには伝わらないですし、ここは、やはり、一冊本を書いてみたほうがいいかもしれませんね。

    タイトルは「鉄道の常識は罠がいっぱい!!」とか^^;

  4. kusamachi より:

    kihayuniさん:
    >こういう情報は、ブログで啓発しても、すぐには伝わらないですし、ここは、やはり、一冊本を書いてみたほうがいいかもしれませんね。
    >タイトルは「鉄道の常識は罠がいっぱい!!」とか^^;
     「啓発」をするつもりはないのですが、この話に限らず本を出したいという気持ちはあります。ただ、本にするとなると、もっとたくさんのネタが必要ですからねぇ。そもそもユーラシア横断の出版のめどがいまだに立ってない状況ですし。実のところ、かなり焦ってます(苦笑)。