海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件をきっかけにクローズアップされた尖閣諸島の領有問題がようやく落ち着きつつありますが、わたしはこの問題に関連して以前から気になっていたことがあります。それは中国で発行されている地図のことです。
領土問題を抱えている地域の地図は、多くの場合、発行された国の主張に基づいて国境線が引かれています。たとえば北方領土ですと、日本で発行されている地図では択捉島と得撫島の間に国境線が引かれていますが、ロシアで発行されている地図では国後島と北海道の間に国境線が引かれています。
それでは、日本が実効支配し、中国と台湾が領有を主張している尖閣諸島はどうなのか。手元にある中国発行の地図、たとえば写真の『中華人民共和国鉄路地図集』(中国鉄道出版社、2008年12月)では、尖閣諸島が中国名の「釣魚島」と表記されているものの、諸島周辺には国境線が描かれておらず、日本なのか中国なのか、はっきりしないような表現になっています。中国が尖閣の領有を主張するのであれば、尖閣諸島と先島諸島の間に国境線が引かれていてもいいはずです。
ちなみに、ベトナムとフィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾、中国が領有を主張している南シナ海の南沙諸島と西沙諸島に関しては、中国の地図は明確な国境線を引いており、尖閣諸島の扱いとは対照的です。
中国では尖閣どころか沖縄の領有を主張する勢力も一部に存在しているので、最初はそうした主張に対する「配慮」なのだろうかとも思いました。沖縄が中国のものなら、中国と沖縄を隔ててしまう国境線を引くわけにはいかないですから。ただ、先島諸島西端の与那国島と台湾島の間には国境線が引かれているので、「沖縄領有論」に配慮しているわけではなさそうです。
もともと中国は1960年代まで尖閣諸島の領有を主張しておらず、1950年代に発行された中国の地図では尖閣を日本領として表現していたようですが、石油などの地下資源の埋蔵が確認された1970年代以降、領有を主張するようになりました。日本領と認識していた時期との整合性をとりつつ領有を主張するため、国境線を省略しているのでしょうか。
一方、日本で発行されている地図も、尖閣諸島に関してはあいまいな表現になっており、写真の『新詳高等地図』(帝国書院、1994.1)では尖閣諸島〜中国大陸間に国境線が描かれていません。こちらも、前述した北方領土の択捉島〜得撫島間や、韓国と領有を争っている竹島とウルルン島の間には明確な国境線が引かれているのとは対照的です。ただし16年前に発行された学校教育用の地図帳ですから、最近の地図帳では国境線が引かれているかもしれませんが。
ただ、今回のような問題が起こった以上、今後発行される地図に関しては、日中両国とも自国の主張に沿った国境線を明記するものが増えることになるような気がします。
※補足(2010年10月13日21時):前回の記事で引用した『新詳高等地図』1994年1月発行版の地図は、「日本の位置」(85ページ)と題した地図の一部だったのですが、改めてほかのページも確認してみたところ、「東アジア」(9〜10ページ)と「中国東部」(11〜12ページ)では尖閣諸島〜中国大陸間にきちんと国境線が描かれていました(写真は「中国東部」)。先月のダイヤ改正に関する記事といい、どうも確認不足続きで申し訳ございません(汗)。「東アジア」「中国東部」で国境線を描き、「日本の位置」では国境線を描かなかったのは、出版社側のミスなのでしょうかねぇ。
ちなみに、前回の記事を読んだ身内から『新詳高等地図』の2008年1月発行版が送られてきたのですが、こちらも「東アジア」(9〜10ページ)の地図では尖閣諸島〜中国大陸間を隔てる国境線が引かれています。このほか、「日本の近隣諸国」(19〜20ページ)と題した地図では、国境だけでなく排他的経済水域を示す線も日本の主張に沿って描かれていました。
こうなると、中国発行の地図で国境線を描いていないのが、なおのこと気になります。『中華人民共和国鉄路地図集』のほか、『中国分省地図冊』(星球地図出版社、2008.1)と『通用中国交通地図冊』(湖南地図出版社、2008.1)も確認してみましたが、日本主張の尖閣諸島〜中国大陸間はもちろんのこと、中国主張の尖閣諸島〜先島諸島間にも国境線は描かれていませんでした。
【関連記事】「4」を嫌う鉄道車両