東京都知事と九州新幹線

 東京都の石原慎太郎知事が浜渦副知事辞任の件で苦境に立たされているようだが、石原知事と言えば4年ほど前の秋田の講演会で語ったとされる「九州新幹線不良債権」発言を思い出す。

東京都・石原知事
「鹿児島から(熊本県の)八代まで新幹線をつくっている。乗る人なんていない。こういうばかなことに皆さんから預かっている金を使っている」(2001年3月11日共同通信
「博多から鹿児島まで造るなら分かるけど、鹿児島からとりあえず八代まで造ろうとしている。もうからない事業なんだから、結局、不良債権そのもの。負の遺産にしかならない」(2001年3月12日毎日新聞東京夕刊)
「鹿児島から八代までとりあえず新幹線を造る。乗る人なんかいない。こういうばかなことで、みなさんから預かっているお金を使う。不良債権そのものになるし、負の遺産にしかなり得ない。博多から鹿児島に向かって造るなら、まだわかるけど」(2001年3月13日朝日新聞西部夕刊)

 報道によって表現に若干の違いはあるが、少なくとも末端側である新八代鹿児島中央間の先行整備を批判していることは間違いない。どうしても建設するなら博多側を先に建設して、鹿児島側の整備を後に回すべきだった−ということだろう。
 この石原発言に対し、関係する沿線自治体の首長はいっせいに反発した。

福岡県・麻生渡知事
「木を見て森を見ずの議論だ。九州新幹線全体では十分採算が取れるし、九州の一体的浮揚につながる」「博多―西鹿児島間全体でどういう効果が出るかが問題だ。この区間が一時間で結ばれるなど経済効果は計り知れない。二十一世紀の九州全体の基礎インフラとして必要だ」(2001年3月13日西日本新聞夕刊)

鹿児島県・須賀龍郎知事
「新幹線は地元が情熱を傾け、完成時期まで明示された国策。各県が地域浮揚に向け最大限の努力をする中、関係ないところの知事が批判するのは極めて遺憾だ」(2001年3月15日南日本新聞

熊本県・潮谷知事
「血のにじむような努力をした沿線住民らの気持ちを逆なでするような発言」「総理大臣候補にあがるような人が地方の事情を知らなさ過ぎる」「人気が高まれば無責任な発言も許されるとする政治家気質があるのではないか」「石原知事は着工順位の政府・与党申し合わせがなされた時期、運輸大臣を務めていた。整備新幹線に理解と見識をお持ちの方と考えていたので、今回の発言が都知事の真意であるとは思いたくない」「九州新幹線についての十分な理解や国土政策上の視点を欠いた一面的な発言で、大変遺憾だ」(2003年3月16日熊本日日新聞

 いずれも、九州新幹線が国策であることや採算性の良さなどを理由に石原発言を批判しているが、末端部を先行整備するメリットや経緯について触れているものは少なく、石原都知事への反論としてはいまいち弱い。
 一方、石原都知事は3月23日の定例記者会見で、再び九州新幹線の建設を批判している。

東京都・石原知事
「国家的見地で言っている。構造改革をしなくてはいけないときに、常識で考えて採算は合いっこない」「(議会の抗議決議など)かんかんがくがくの議論をやったらいい。国民がどっちに軍配を上げるかはこれから先の話だろう」(2001年3月23日共同通信

「国家財政が破たんする寸前のときに、国民の大事な預金を不良資産に変えている」「私は国家的見地で言っている。何もこっち(東京)に持ってこいとは言ってない。常識で考えて採算が合うわけない。政府を構成する与党に責任がある」「侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしたらいい。国民がどっちに軍配を上げるかこれから先の話だろう」(2001年3月24日産経新聞東京朝刊)

「常識で考えたって採算が合うわけない」「私は国家的見地で言っている。国民の大事な預金をどんどん不良資産に変えている。国家財政が破たん寸前の時に、与党の責任はああいうところにある」(2001年3月24日毎日新聞東京朝刊)

「常識で考えたって採算が合うわけない。文句言っている知事が八代から鹿児島まで毎日毎日、新幹線に乗ったらどうか」「私は国家的見地で言っている。その金を東京だけに使えと言っているわけじゃない。国民の大事な預金をどんどん不良資産に変えている。国家財政が破たん寸前の時に、与党の責任はああいうところにある」(2001年3月24日毎日新聞西部朝刊)

 秋田講演の報道内容と大きく異なる主張はしておらず、むしろ講演内容を強化した内容となっている。今度はJR九州の反発まで買うことになる。

JR九州・田中社長
「需要見込みでは東北、北陸の新幹線延長区間より、博多〜西鹿児島間の九州新幹線の方が多い」「八代〜西鹿児島間の先行整備はおかしい」と述べたことについて、「この区間の整備は1988年8月に着工が決定された。当時の運輸大臣は石原氏。自分の責任で決めておいて(おかしいと)言うのはいかがなものか」(2001年3月27日時事通信

「結局のところ、石原知事は、大衆迎合の政治家ではないか」「盛岡以遠の東北、長野以遠の北陸両新幹線と比べ沿線人口も多く、輸送量も圧倒的に多い」「公共投資の予算額は、新幹線より道路のほうが圧倒的に大きい。(新幹線を)批判するほうが世論に受けるとか、そういうことではないか」「そもそも八代―西鹿児島間の着工を決めた時に、石原さんは運輸大臣だった。自分で決めておいてむちゃくちゃに批判するのはいかがなものか」(2001年3月27日共同通信

「石原知事の言動は大衆迎合だ。そもそも西鹿児島新八代間の工事着工を決めた時の運輸大臣。自分で決めておいて批判するのはおかしい」「現在整備されている東北新幹線北陸新幹線と比べると、九州新幹線沿線の人口は数段に多い。来年度予算でも新幹線は道路建設費のたった〇・八%に過ぎない。経済効果も建設費の約二倍になるという試算も出ている」「なぜ九州だけを批判するのか」(2001年3月28日熊本日日新聞朝刊)
「公共事業を攻撃することが世論に受けると考えているのでは。結局は大衆迎合の政治家だ」「そもそも自分が運輸大臣の時に着工を決めていながら批判するのはいかがなものか」(2001年3月28日西日本新聞朝刊)

 田中社長の発言でとくに興味深いのは「そもそも自分が運輸大臣の時に着工を決めていながら批判するのはいかがなものか」の部分である。
 整備新幹線国鉄が分割民営化された1987年に着工凍結の解除が閣議決定されたが、運輸省は建設費の軽減を図るため、一部区間ミニ新幹線スーパー特急など在来線も活用した方式で高速化を図るとした暫定整備計画案を1988年8月に発表している。このとき、九州新幹線は末端部の八代〜西鹿児島間をスーパー特急方式で整備するとしていた。そして、この暫定整備計画案が発表された当時の運輸大臣が、他ならぬ現在の石原知事なのだ。
 つまり石原知事は、九州新幹線の末端側先行整備を自分で決めておいて「不良債権」「採算が合うわけない」などと批判していたのである。
 この「不良債権」発言が報道された当時、草町は「都知事は物覚えの悪いお方だな」と感じていたのだが、今にして思うと、暫定整備計画案の作成は運輸省の官僚と浜渦氏に「お任せ」で、石原氏自身は何も考えずに判を押したのではないかという疑問が湧いてくる。