
「24」出発までの時間つぶしで調兵山へ
前回は北京駅から快速K53次の高級軟臥に乗って、瀋陽北駅に向かったことを書きました(中国の最上級寝台車に乗ってみた)。瀋陽北駅には11月20日の朝7時14分頃に到着。なぜか定刻より10分の早着です(苦笑)。
この後は21日0時20分発の快特T244次に乗って「列車による24時間以内の移動距離」の世界記録更新に挑戦することにしています(「24時間」世界記録を更新してきました(ただし自称))。出発まで17時間以上もあり、どこかで時間をつぶさなくてはなりません。
そこで、蒸気機関車が走っているという調兵山を訪問することにしました。
調兵山は、瀋陽から北へ約70kmのところにある炭鉱の街です。ここには中心市街地にある調兵山駅を中心に四方へ伸びる専用鉄道(鉄煤集団鉄路運輸部)があり、今も蒸気機関車が運用されています。催事用や保存用ではない、本来の道具として使われている「現役」の蒸気機関車です。
調兵山へはバスが頻発運転されていますが、出発地点は瀋陽駅前で瀋陽北駅は通りません。ただ、北駅から少し離れたバスターミナルを通るはずです。
バスターミナルで聞くと、「ここじゃない、すぐそこの交差点だ」などと言っているようです。交差点を見渡してみると、傍らに「調兵山」の看板を掲げたワゴンが止まっていました。
これに乗るのか、大丈夫なんだろうかと考えながらワゴンのそばに向かうと、どこからともなく男性が現れて「バスは10分くらいでやってくる。出発まで時間があるから、こっちに来い」といい、なぜか近くにあるケンタッキー・フライドチキンの店内でバスを待つことになりました。
しばらくして調兵山行きの大型バスが大通りに現れ、8時少し前に発車。車掌に運賃の30元(約390円)を支払い、きれいに整備された道路を1時間ほど走って調兵山のバスターミナルに着きました。バスターミナルは市街地の中心からやや外れたところにあり、ここからタクシーで調兵山駅に向かいました。
許可証を購入して蒸気機関車を撮影
調兵山駅の駅舎は小ぶりな駅ビルといった風情で、炭鉱鉄道の駅というよりは地方都市の中央駅といった感じです。駅の1階には「遼寧火車頭国際旅行社」を名乗る旅行会社があり、ここで1日200元(2600円)の撮影許可証を購入します。
中国でも「現役」の蒸気機関車は風前のともしびで、今では一部の専用鉄道でしか見られなくなりましたが、それでも世界的にみれば「現役」蒸機が残る珍しい国といえます。それ故に海外の蒸機好きの注目を浴びるようになり、中国でも蒸機を観光資源として活用しようという動きが活発になっています。撮影許可証の販売もその一環といえ、これがないと蒸気機関車は撮影できないことになっています。
今回の訪中目的はあくまで「24時間」で、調兵山の蒸機見物は時間つぶしの「ついで」でしかありません。それを考えると、決して安くはない200元という金額には少しためらいを覚えます。そもそも、遊園地のように閉鎖されている空間ではないのですから、許可証の有無を完全に取り締まることなど、できるはずがありません。
とはいえ、許可証なしで撮影していればトラブルに巻き込まれる恐れもありますし、それに許可証の収入は蒸気機関車の維持費に充てられていると聞きます。許可証収入がなくなれば蒸気機関車の運用も終了することでしょう。私は蒸気機関車ができるだけ長く運用されて欲しい、その願いを込めて許可証を買いました。
許可証を首からぶら下げて、早速駅の脇にあるこ線橋を上がると、いました。上游形のSY1770が駅構内の東側で白煙を上げています。南満州鉄道のミカロ形をベースに開発された、専用鉄道や支線用の蒸気機関車です。
SY1770の傍らにはクレーン車があり、これを使って炭水車に石炭を補給していました。このクレーン車も蒸気機関で自走することが可能で、ときどき白煙を上げて数メートルほど動いていました。
石炭の補給を受けたSY1770は西側の線路に転線し、そこで動きが止まりました。お昼時の列車の発車時刻がくるまで、ここに留め置かれるようです。
しばらくして子連れの中国人が現れて、蒸気機関車を眺めていました。こういう光景は万国共通ですね。
主力はディーゼル機関車
しばらくこ線橋や駅周辺をうろうろして写真を撮っていましたが、やってくる列車のほとんどはディーゼル機関車の東風4形や東風5形でした。
東風4形は1970〜1980年代における中国鉄路の標準的なディーゼル機といえる存在で、さほど珍しいものではありません。とはいえ、今では新型機の投入で数を減らしていますから、いずれは調兵山のような専用鉄道でしか見られなくなるかもしれませんね。
市中で早めの昼食を取って駅に戻ると、今度は大量の石炭車を連ねた貨物列車が推進運転で姿を現しました。最後尾の機関車はSY1771。すぐに調兵山駅を出発しましたが、しばらくするとSY1771が単機で戻ってきて、クレーン車の脇に止まって石炭を補給しました。
この日は気温が低く、白煙も相当なものでした。こ線橋の上でSY1771の姿を撮っていたところ、SY1771が動き出して真下を通過し、白煙が私の周囲を覆いました。
一通り写真を撮って、そろそろ瀋陽に戻ろうかと考えているうち、西側の線路に止まっていたSY1770が動きだし、ホームに留置されていた客車編成に連結されました。調兵山の鉄道は運炭用の専用鉄道ですが、地元住民向けの旅客列車も数本ほど運転されています。「現役」の蒸気機関車が、観光や催事目的ではない普通の旅客列車をけん引するというわけです。
蒸気機関車は煙を上げて走る姿に引かれるのであって、列車に乗ってしまえば蒸機の姿は見えません。
とはいえ、私は「現役」蒸機を見たことがない世代で、もちろん「現役」蒸機がけん引する旅客列車にも乗ったことがありません。世界的に見ても、催事列車や保存列車ではない蒸機けん引の旅客列車は、ほぼ全滅に近い状態です。
お客がポツポツと客車に乗り込んでいく姿を見ているうちに急に乗ってみたくなり、こ線橋から小走りでホームに移動しました。
「火車ネコ」が現れた蒸機けん引旅客列車
デッキの前に立っていた女性車賞から1元(約13円)の切符を買って車内に入ります。
どこへ行くのかよく分からないまま乗り込んでしまいましたが(おい)、機関車が連結された方角から考えて約10km先の大青行きか王千行きのはずですから、到着後にタクシーを拾って調兵山に戻ればいいでしょう。
客車は4両編成で、お客の多くは1両目に固まっていましたが、私はガラガラの2両目に入りました。日本なら在来線普通列車の普通車に相当する「硬座」で、4人用と6人用のボックス席がずらりと並んでいました。
列車は14時30分頃、調兵山駅を発車。窓が汚れていて外の景色はよく見えませんでしたが、雪化粧した平地をゆっくり、とにかくゆっくりと走っています。たぶん20〜30km/hくらいしか出ていなかったように思います。
やや肌寒い車内で窓外を眺めながらボォーッとしていると、通路の方から突然「ミャァー」という鳴き声がしました。驚いて振り向くと、そこにいたのは子ネコ。
どういうことかと戸惑っていると、子ネコは私の膝の上に飛び乗り、さらに窓下に飛び降りました。どうも車掌の飼いネコらしく、しばらくしてゲラゲラ笑いながら現れた女性車掌がネコの首根っこをつかんで「回収」していきました。
「駅ネコ」ならぬ「汽車ネコ」、いや、中国では自動車のことを「汽車」と呼び、日本の汽車に当たる中国語は「火車」ですから、「火車ネコ」と言うべきでしょうか。
列車は30分ほどして終点駅に到着。構内は線路が何重にも敷かれた操車場になっていてやたらと広いですから、どうやら国鉄貨物線との接続駅である大青駅のようです。ここまで旅客列車をけん引してきたSY1770はすぐに客車から切り離され、調兵山寄りに見える機関庫らしき敷地の方に姿を消しました。
中国の鉄道と言えば、今では300km/hを誇る高速鉄道のイメージがいろいろな意味で強くなりましたが、その一方で20〜30km/hの蒸機列車も残っている。この混とんとした姿こそ、中国鉄路の魅力といえるかもしえません。
さて、瀋陽から先は「列車による24時間以内の移動距離」世界記録への挑戦です。続きは明日21日発売『鉄道のテクノロジー Vol.13 新幹線2012』の「中国高速鉄道縦断の旅」をご覧ください。