『レトロ碓氷』で改造旧型客車に乗る

 単行本の執筆(初めての単行本『鉄道未完成路線を往く』)などもあって、先々月あたりから厳しい工程が続いていたのですが、18日になってようやく時間に余裕ができました。そこで19日は快速『SLレトロ碓氷』『DLレトロ碓氷』で信越線横川駅を訪問。23日は、ひたちなか海浜鉄道鹿島鉄道廃線跡専用道バス(かしてつバス)を訪ねました。

 実際は時間に余裕ができたというより仕事が途切れた状態で、今月末までに払わなければならない家賃もまずい状況ですから、本来はあちこち訪問する余裕などありません。
 ただ、『レトロ碓氷』は中学時代の先輩に誘われたので断り切れず(あくまで断り切れなかっただけです! 本当に断り切れなかったんですよ!)、ひたちなか海浜鉄道にしても、同社の吉田さん(おそらく吉田千秋社長)から弊ブログにコメントを頂き、「何とか年内に時間を作り、再訪したいと思います」と返事した手前(鉄道運休区間リスト(2011年4月30日現在))、年内には訪れなければならなかったのです(あくまで訪れなければならなかっただけです。本当です! 信じてください!)。

 信越線高崎〜横川間を結ぶ臨時快速列車『レトロ碓氷』は、往路の横川行きが蒸気機関車けん引、復路の高崎行きがディーゼル機関車けん引の客車列車です。
 機関車けん引列車が終点到着後に折り返す場合、機関車を前から後ろに付け替える作業(機回し)を行わなければなりません。しかし、終点の横川駅の線路は機回しできる配線構造になっていません。さらに蒸気機関車の場合、基本的に運転台が一方向にしか向いていない構造のため、原則的には機関車自体も転車台と呼ばれる設備を使って向きを変えなければなりませんが、これも横川駅にはありません。
 そこで、最初から客車の横川寄りに蒸気機関車、高崎寄りにディーゼル機関車をそれぞれ連結しておき、往路は『SLレトロ碓氷』として蒸気機関車が、復路は『DLレトロ碓氷』としてディーゼル機関車が客車を引っ張るわけです。

 使用されている客車は、戦前から戦後にかけて製造された、茶色の旧型客車。冷房は当然設置されておらず、デッキのドアも「本来は」開き戸式の手動。一部の車両は車内の壁や腰掛けが木製になっていて、愛称の通り『レトロ』感が漂っています。
 列車種別は「快速」で、途中停車駅も安中、磯部の2駅だけですが、その所要時間は1時間強と、各駅に停車する電車列車のほぼ倍です。もっとも、乗客のほとんどは『レトロ』な列車そのものを楽しむ観光客ですから、これで問題ないのです。
 けん引機は、蒸気機関車がC61形(C61 20)、ディーゼル機関車DD51形(DD51 842)です。このうちC61 20は、群馬県内の遊園地で静態保存されていたものですが、これをJR東日本が動態復元することになり、今年6月から営業運転を開始しています。

 C61 20の復活は、それはそれで興味深いのですが、私としては、C61 20の動態復元と並行して実施された、旧型客車の改造に強い興味を持ちました。
 JR東日本の高崎支社は以前から旧型客車を所有しており、『レトロ碓氷』のように列車そのものを楽しむための臨時列車で使われてきました。しかし、旧型客車は既に述べているようにドアが手動であるため、走行時には乗客が転落する恐れがあります。実際、旧型客車が当たり前だった時代には、ドアを開け放したまま走行することも多く、転落事故もしょっちゅう起きていたようです。
 それでも手動ドアが当たり前だった時代なら、「ドアを開け放したままデッキにいる乗客が悪い」という「自己責任」で片付けることができたかもしれませんが、自動ドアが当たり前となった今ではドアが手動であることを知らない乗客も多く、転落事故が起きれば鉄道会社の責任になる恐れがあります。このため、ドア付近に警備員を配置して運転することになるのですが、これでは運転コストが増加するため、手動ドアを自動ドアに改造したのです。

 自動ドアといっても、圧縮空気やモーターを使って引き戸を開閉操作する大がかりなものではありません。原型の開き戸のまま、一般の建物の扉でよく見かけるドアクローザーと電磁石、施錠装置を追加しています。
 簡単に説明すると、駅到着時に車掌のボタン操作でドアの施錠が解除され、手動でドアを開けることができるようになります。このドアを車内デッキ側に向けて完全に開くと、デッキ壁面に設置された電磁石にぶつかり、ドアが固定されます。
 一方、発車時に車掌がボタン操作でドアの戸閉めを行うと、電磁石がオフになって開き戸の固定が解除され、ドアクローザーによってドアが自然に閉まるわけです。実際は自動ドアというより、半自動ドアといった方が正しいでしょうか。

 私にとって旧型客車は、手動ドアを開け放しにしたまま走る姿が印象に残っており、「自動ドアの旧客」というのは、どうもしっくり来ないものがあります。ただ、昔の車両の原型を保ちつつ長く走らせるという「理想」と、安全面を考慮しなければならないという「現実」を両立させるためには、この方法しかなかったと思われます。
 それに、冷房のない客車で窓を開け放ち、外の空気を肌に感じながら景色を眺めることができるという点は、昔のままです。私は現役時代の蒸気機関車を知る世代ではありませんが、非冷房車が当たり前だった時代は現実のものとして体感していますから、やはり懐かしい思いがあります。ドアの半自動化くらい、我慢しなければならないと思いました。

 23日のひたちなか海浜鉄道とかしてつバスの話は、また後日ということで。

コメント

  1. あまり無理をされずに。
    (吉田)

  2. kusamachi より:

    ひたちなか海浜鉄道(吉田)さん>
     コメントありがとうございます。種明かししてしまうと意味がありませんが、口実作りの冗談と取っていただければ幸いです(笑)。いちおう将来の仕事のためのストックにするつもりですし。

  3. gaki より:

    SLを乗ってみたい