温州の事故は「高速鉄道の事故」なのか

 鉄道部トップの汚職や安全性の懸念、特許申請など、さまざまな問題が噴出していた中国の高速鉄道ですが、既に報道で伝えられている通り、浙江省温州市で乗客の死傷を伴う大事故が発生してしまいました。
 事実を簡単におさらいしておきますと、7月23日に杭州発→福州南行きの動車組(日本の電車特急に相当する列車種別)D3115次が甬台温線永嘉→温州南間の高架線上で停止し、そこへ20時34分頃(現地時間)、後続の北京南発→福州行き動車組D301次が進入してD3115次に衝突した、といったところです。

 ちなみに、使用車両はD3115次がCRH1B形(上写真)、D301次がCRH2E形(下写真)で、どちらも200km/h以上での運転が可能な高速車両です。このうちCRH2E形は、このブログでも何度か紹介した臥舗動車組、いわゆる「寝台新幹線」です。
 D301次は夜行運転をするわけではなく、なぜ寝台車が使われているのか不思議に思われるかもしれませんが、中国では寝台車を昼間の列車に使用することがあり、D301次も「昼行寝台列車」の一種といえます。

 それはともかく、高速車両を使用した高速列車の事故であることから「中国の高速鉄道で衝突事故が発生した」と伝えられていますが、私はこの事故を「高速鉄道の事故」といっていいものなのか、やや疑問に思います。D3115次とD301次は確かに高速車両で運転されていましたが、走行していた線路は「高速鉄道規格の在来線」といえるからです。

 日本の高速鉄道である新幹線は、「完全に閉じた世界」を基本としています。在来線から完全に分離した旅客専用の高速線を新たに建設し、高速線に対応した高速車両のみを走らせる。これが日本の新幹線です(山形新幹線秋田新幹線は「例外」ということで無視してください)。
 そのため、新幹線の高速列車が在来線に乗り入れたり、逆に在来線の低速列車が新幹線に乗り入れたりすることは基本的に不可能で、新幹線〜在来線間は列車を乗り換えなければならないという不便があります。その一方で在来線から完全に独立しているため、在来線の規格にとらわれない考え方で建設することができます。
 たとえば日本の在来線は線路の幅(軌間)が1067mm(狭軌)で、国際標準である1435mm(標準軌)より狭くなっています。それ故に輸送力が小さく、最高速度も100km/h台に抑えられて高速化が難しいという問題を抱えています。それに対して新幹線は在来線との乗り入れを考える必要がありませんから、標準軌の採用によって車両を大型化して輸送力を高め、200km/h以上の高速運転も実現することができました。
 また、在来線の運行システムとの共通化を考慮する必要がないため、新幹線専用の保安装置の導入も容易であり、さらなる高速化と高頻度運転化を図ることができます。

 一方、海外の高速鉄道は、基本的には在来線の延長線上にあるといえます。たとえば欧州では1970年代、在来線の特急列車の運転速度を200km/hまで引き上げています。欧州の在来線は軌間標準軌ですから、在来線のまま高速化を図ることが比較的容易だったのです。
 しかし、これ以上の高速化を在来線で実現するのはさすがに難しかったようで、1980年代に入ると日本の新幹線と同様、200km/h台後半〜300km/h台での運転が可能な高速線を建設するようになりました。フランスの高速列車「TGV」も、「LGV」と呼ばれる高速線を走行しており、現在ではLGV上で300km/h台の運転を行っています。
 ただし、高速線を建設するのは土地代の安い郊外の区間のみで、土地代が高い大都市内では高速列車が在来線に乗り入れて建設費を節約するといった手法が採られています。これも高速線と在来線の軌間が同じだからこそできる芸当で、日本の新幹線にはない利点といえます。その一方、在来線の運行システムとの共通化もある程度考慮する必要があり、運用面や保安装置の複雑化などの問題を抱えています。
 いずれにせよ、欧州の鉄道高速化は200km/h台が在来線の分野であり、200km/h台後半〜300km/h台になって、初めて日本の新幹線のような高速線の分野になるといえます。

 そして標準軌の在来線が多い中国の鉄道においても、基本的には欧州と同じ考え方で高速化が推進されており、おおむね以下の手法が並行して実施されています。

(1)在来線の高速化
線路の改良によって最高速度を200km/h程度まで向上。従来から運転されている低速の旅客列車や貨物列車の最高速度を160km/h程度まで引き上げるほか、200km/h台の運転に対応した高速車両も導入して高速列車を運転する。
(2)200km/h級高速線の建設
200km/h台の高速運転に対応した構造の高速線を新たに建設。200km/h級高速車両を使った高速列車のほか、在来線の低速な旅客列車や貨物列車も乗り入れる場合がある。
(3)300km/h級高速線の建設
300km/h台の高速運転に対応した構造の高速線を新たに建設。200km/h級高速車両と300km/h級高速車両を使用した高速列車を運転し、在来線の低速な旅客列車や貨物列車は乗り入れない。先ごろ開業した北京〜上海間の京滬高速線がこれに相当。

 とくに興味深いのは(2)の200km/h級高速線です。日本にせよ欧州にせよ、高速線を走るのは基本的に高速車両を使った高速列車だけで、高速列車が在来線に乗り入れることはあっても、在来線の低速列車が高速線に乗り入れることは基本的にありません。ところが中国の200km/h級高速線は、高速運転に対応した構造ではあるものの、実際は高速列車と低速列車が入り交じっており、在来線と同様の運用がなされているのです。
 そもそも、在来線でも(1)のように200km/h程度まで引き上げた路線が存在することを考えると、200km/h級高速線は「やや高規格な在来線」といった方がいいでしょう。

 そして今回、高速列車の衝突事故が発生した甬台温線も、「やや高規格な在来線」である200km/h級高速線でした。路線としての最高速度は250km/hで、旅客列車は200km/h級の高速車両を使った動車組のみ運転されているようですが、これ以外に低速の貨物列車も甬台温線で運転されており、まさに在来線的な使われ方をしています。
 このことから、甬台温線は実質在来線であり、今回の事故も在来線の事故といえるのではないか、というのが私の見方です。そう考えると、中国で数年おきに発生している在来線の大事故の延長線上にあるということになり、私としてはしっくりくるのです。
 もちろん、在来線の事故だから問題ないというつもりはありません。むしろ高速列車と低速列車が入り交じり、運用が複雑化している可能性があるという点において、開業以来トラブルが多発している京滬高速線より問題の根が深いといえるかもしれません。

 事故の状況からして、直接的な原因は車両側ではなく地上側設備、たとえば保安装置のトラブルが考えられますが、現時点では推測の域を出ません。これについては徐々に解明されていくことでしょう……と言いたいところですが、なにぶんにも一党独裁の国ですから、果たしてどの程度解明されるのやら。
 特に、事故車両を現場に埋め、しかも事故発生から1日半で運転を再開するという国務院鉄道部(日本の旧鉄道省に相当)の対応を見てみると、原因の解明はされないまま収束し、数年後にまた別の路線で大事故を起こすということを繰り返しそうな気がします。
 今の中国に必要なのは、事故原因の究明とそれに基づく再発防止策の実施より、事故原因をきちんと究明できる「体質」づくりなのかもしれません。具体的には、政治の民主化に尽きるわけですが。